愛し合う二人が分かり合えない原因

「あなたのため」は「誰のため?」

 潜在意識の正しい使い方を身につけることができず、自分のマインドテリトリーのなかだけで暮らし、相手のマインドテリトリーにも自由に行き来できないと、どんな人間関係になってしまうのでしょうか?

 むかしむかし、あるところにウシ子さんとトラ男さんというウシとトラの夫婦がいました。ウシ子さんはある日、大好きなトラ男さんのために最高に美味しい料理を出そうと思ってアルプスの高原で取れた牧草を夕飯に差し出しました。

 それを見たトラ男さんは『草かあ…。俺、肉しか食べないんだけどなあ。でも愛するウシ子が出してくれたんだから』と思いながらムシャムシャと牧草を頬張りました。その日、トラ男さんは空腹を我慢しながら寝室で眠りにつきました。

 翌日の夜、お腹を空かせていたトラ男さんは「よぉ~し、今度は俺が一番美味しい料理をご馳走するぞ!」と神戸牛のサーロインステーキを用意しました。
 
 それを見たウシ子さんは『ねぇ、これって共食いなんじゃない?そもそも私、肉なんて食べられないのに~』と思いながらも愛するトラ男さんが出してくれたんだからと、美味しそうなフリをしてなんとかしてステーキを飲み込みました。

 その次の夜、今度はウシ子さんが腕を振るって香草づくしの料理をふるまい、トラ男さんは我慢しつつも喜んで食べてくれました。その次の晩にはトラ男さんが狩ってきた鹿を、ウシ子さんは相手の気持をムダにしないようにと、美味しそうなふりをして完食しました。

 その翌日も、次の日も愛する二人はお互いに相手のためを思って手料理を振る舞っていたのですが、3か月ほどしたある日の夕飯時、ついに堪忍袋の緒が切れたトラ男さんが叫びました。

 「いい加減にしろ!毎晩毎晩、草ばっかり食べさせやがって、お前は俺を飢え死にさせるつもりか?!」

 その形相に驚きながらも、ウシ子さんも負けず劣らず反撃にでます。

 「だったら言わせてもらうけど、あんたこそなんなの?毎晩毎晩、肉ばっかり食べさせて、私がどれだけつらい気持ちを味わったのかわかっているの?」
 
 毎日蓄積していた怒りと屈辱が堰を切ったように溢れ出し、二人は大ゲンカを繰り広げ、結局、離婚することになりました。離婚届を提出し、ついに最後のお別れとなった場面で二人はこう言いました。

 「俺は、お前のためを思って精一杯努力したぞ」
 「私は、あなたのためを思って精一杯つくしたわ」

 ウシ子さんとトラ男さんの物語は現代社会にありふれた人間関係を表現しています。彼らは、お互いに自分の判断基準で「いちばん、最高に美味しいと思うもの」を相手にプレゼントしていました。

 しかし、実際は相手の判断基準を考慮に入れていなかったので、それぞれ自分の観点から「こんなに、あなたのためにやったのに…。」という想いが出てくるのです。

 つまり二人は、お互いに自分の観点、自分の世界だけで物事を考え、そのなかで自分流に相手を愛するという状態になっていたのです。よかれと思ってやったことが、相手にとっては苦痛となってしまいました。

 またそのように自分の観点、自分の世界が中心の状態だったので、相手の苦痛にも気づくことができませんでした。そしてとうとう最後まで、自分の立場からくる論理ばかりを主張してお別れすることになったのです。

 これは、ウシとトラに限った寓話ではありません。
 
 今の時代に生きる、すべての人に当てはまる話です。
 
 自分の立場や観点、論理、思考、感情、イメージ、エネルギーに固定された状態、つまり自分の観点に固定された状態であれば、私たちもウシ子とトラ男のように四苦八苦の世界から逃れられないのだと覚えておいてください。

「相手のため」が余計な迷惑に

 さらにここから、具体的な職場の例で解説していきたいと思います。

 営業部の上司Aさんは、顧客からのクレームの相談を部下Bさんから受けています。

上司Aさん「なんや、相談って。」

部下Bさん「実は、X社からクレームが出てしまいまして。」

上司Aさん「どんなクレームや」

部下Bさん「うちから発送した製品がすぐ故障してしまったようで…。」

上司Aさん(うわあ、X社って大口のお客さんやん。製造はなにしてんねん!すぐに収拾つけなあかんな…。Bさんにはちと荷が重いな。)

部下Bさん「なのでX社からは…。」

上司Aさん「すぐに取り換えなあかん。お客さんには送り返すよう伝えたんか?製造にも文句言わなあかんな。で、なにが原因や?梱包したときに打痕でもつけたんか?」

部下Bさん「(もうやってるよ!)はい、今日には工場に返ってきます。」

上司Aさん「X社の担当者だれや。わしも一度電話するわ。」

部下Bさん「いや、X社とは代替製品の納期を…。」

上司Aさん「こういうのは早めに手を打つんや。わしが電話したるがな。」

 上司Aさんは受話器を取るとすぐX社に電話し始めました。Bさんも(上司が収めてくれるならまあいいか。)と詳細な報告を行いませんでした。すると、電話を終えたAさんはBさんを再度呼びました。

上司Aさん「あかんわ。」

部下Bさん「どうしたんですか?」

上司Aさん「代替製品の納期、まだ決めてなかったんやな…。」

部下Bさん「ええ、報告途中でしたから。」

上司Aさん「明日には必ずお持ちしますって言ってもうた。」

部下Bさん「…。」

上司Aさん「わし、明日役員会議やねん。納品行ってもらえるか?」

部下Bさん「(全身を震わせながら)はい、わかりました…。」

Bさんは怒りに震えながら、工場と打ち合わせ、300キロも離れたX社に営業車で夜通し走って納品したのでした…。

 さて、以上がAさんとBさんの具体例です。ここでの出来事をまとめると

① Aさんは、営業部とBさんのためにも自分がクレーム処理の陣頭に立ち、早期に収拾しようとした。
② Bさんは、上司Aさんがやってくれるなら、お客さんも納得してくれるだろうと安心して詳細な報告をすることを諦めてしまった。
③ Aさんは顧客が代替製品の納期を知りたがっているという重要な情報を得ないまま架電し、無理な納期をX社と約束してしまった。
④ その結果、Bさんは深夜のドライブをすることになった。

つまりAさんもBさんも、お互いに自分の観点、自分の世界だけで物事を考え、そのなかで行動してしまった結果、重要なポイントを共有することができずにお互いの信頼関係を損なうような事態になってしまいました。

出発点は、「営業部のために」「これなら安心だろう」という自分の観点からでした。お互いに自分の観点に集中し、とらわれたまま会話をしてしまったのでその領域から出ることができず、本当に重大なポイントを見落とす結果となってしまったのです。

 少し極端な例でしたが、大なり小なりこういった事例には、みなさん心当たりがあるのではないでしょうか?

 改めまして、冒頭に戻ります。

 自分のマインドテリトリーのなかだけで暮らし、相手のマインドテリトリーにも自由に行き来できないと、どんな人間関係になってしまうのでしょうか?

 自分の立場や観点、論理、思考、感情、イメージ、エネルギーに固定された状態、つまり自分の観点に固定された状態であれば、私たちもウシ子とトラ男のように四苦八苦の世界から逃れられないのです。

 あなたは、自分の観点に固定されたまま、マインドテリトリーから出ないで今後も人間関係を作っていきますか?

 それとも、わたしたちと一緒に潜在意識をコントロールし、自分のマインドテリトリーから出て自由に人間関係や未来を作り上げていく道を選びますか?

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