「レッテルを貼る」と本来の姿は見えにくくなる
脳は、相手にレッテルを貼るのも大の得意です。
この人はこんなタイプのひとだというレッテルを貼ることで、その相手とどんな風に自分が付き合うかをサッと判断してしまいます。
「血液型がB型だからマイペースなんだろう」
「すごく強面でケンカも強そうだなあ」
ちょっとした言葉のやり取りや行動などから、色々なレッテルを勝手に貼ってしまうことは誰でもあると思います。
しかし、長い付き合いの中で相手を深く知るようになると、意外にそのレッテルが間違っていることに段々気づきます。「マイペースのように見えてたけど、意外と協調性もあるんだ」「強面だけど、じつは優しい部分もあるよね」など、何気ない言動から相手に対するイメージが変わる瞬間があるのではないでしょうか。
ただし、出会ったばかりの頃に一度相手にレッテルを貼ってしまうと、相手の本来の姿をそのまま100%で見れなくなってしまいます。つまり、相手の表面・表層に現れている1%の部分だけを見てコミュニケーションをしてしまうので、99%の潜在意識を深く理解することからは遠ざかってしまうのです。
たとえば、「うつ」というレッテル。
ある女性は、ちょっと元気がないときに仲のいい同僚にランチの席で「わたし、うつかも~」と冗談半分に話したセリフを、たまたま近くの席で耳にした同じ部署の男性社員が本気にしてしまい、「部長、Aさんうつらしいですよ」と報告されてしまったことがありました。
その部長は、丁度父親がうつ病で入院していたので「そうか、うつか…」と深刻に受け止め、その女性の上司を呼び出して「Aさんに厳しく指導していないか?」とかなり厳しい口調で叱責をしたそうです。
コミュニケーションでは主に「言葉」を使いますが、同じ言語を使う人間同士でも、同じ単語から必ず同じイメージが浮かび、同じようなものの見方をするとは限りません。
単語から連想するイメージは、人それぞれバラバラなのです。
一般的な定義がある程度固まっている単語ならともかく、定義があいまいの言葉なら、なおさらイメージはバラバラになってしまいます。
ビジネスの世界でよく見聞する「パワハラ」という言葉に関しても、その一つです。
上司に精神的に苛められ、人格まで否定されるイメージをする人もいれば、やりたくない仕事を頼まれただけでパワハラだと受け取る人もいるなど、レッテルや名前に対する認識は様々だと思います。
有名な話ですが、自動車メーカーの日産をV字回復させたカルロス・ゴーンは日産の立て直しの際に、まず社内で使われている言葉の「辞書」をつくったと言います。
たとえば、「期末までに利益をこれだけ出すことに対してコミットメントする」という話をしたときに、日本人は「できるだけ努力する」というイメージでコミットメントという言葉を使っていました。
しかし、ゴーン氏はそれではダメだと強く言ったのです。
「我々がコミットメントと使うときは、それが達成できなければクビが約束される。それぐらいの覚悟でやることを指すのだ」、と。日本人はコミットメントと口で言いながら、達成できなくても何も変わらずそこにいる。それはおかしいのではないか。
どれくらいのレベルで言っている言葉なのかきちんと共有することで、コミュニケーションのズレを減らし、社内の意思決定スピードを上げたということなのです。
辞書のように「単語=イメージ」の内容は人によって違います。
しかし、それを理解した上で、相手がその言葉をどのようなイメージで話しているのか理解できれば、相互理解を深められるのです。
パワハラ上司の本当の姿
さらにここからは、具体的な事例で解説したいと思います。
営業部に所属するAさんは、大口顧客V社を担当しています。今日はV社のキーマンであるB課長と初顔合わせの日です。Aさんは緊張しながら、面談に臨んでいます。
Aさん「お世話になります。〇〇社のAと申します。」
B課長「はじめまして。Bです。あ、ちょっとごめん電話が…。」
Aさん「ええ、どうぞどうぞ。」
B課長「いま会議中なんだけどさ、なに?うん、うん、まだ発注書作ってない?おい、それわかってんのか?あとでシメるからな、うち裁判になったら負けるぞそんなことしてたら!すぐ発注書作れ!C社にはすぐ作りますって返事しといて。」
Aさん(うわあ、めっちゃ怖いなB課長。これパワハラ上司だぞきっと。シメるってきっとめちゃくちゃに怒鳴って詰めて泣かせるようなことなんだろうなあ。)
B課長「ああ、すまんね。なんか情けないところ見られちゃって。」
Aさん「いえいえ!(こっちもシメられないようにしっかりプレゼンしなきゃ)」
Aさん、どうやら「B課長=パワハラ上司」というレッテルを貼ってしまったようです。そのイメージから「シメる=部下を厳しく指導する」と結び付けているようです。
その後、AさんはびくびくしながらもB課長のもとに通い続け、大型受注を決めます。しかしその直後、自社商品に重大な欠陥があることが判明。B課長のもとに納品した商品も欠陥品でした。Aさんは覚悟を決め、B課長のもとに向かいます。
B課長「…。そうですか。欠陥がねー。」
Aさん「はい、本当に申し訳ありません!(ああ、シメられる)」
B課長「…きっと、欠陥を正直に申告した製造の方は、大変なご苦労でしたでしょうね。」
Aさん「はい、大変申し訳…はい?」
B課長「Aさんも正直に申し出てくれてありがとう。社内のことは何とかするから、欠陥の無い商品を納品してください。私が責任を負います。Aさんは安心してください。」
Aさん(涙目)
B課長「Aさんには色々悩み聞いてもらって、お世話になってるからねえ。」
Aさん「いや、そんなお優しい言葉を…ありがとうございます。もう、本日はお叱りを覚悟で、シメられるのを覚悟で参りました。」
B課長「ん?シメられる?」
Aさん「あ、いえ、その、初めて面談させていただいたときに、部下の方を叱っていたときに『シメる』っておっしゃっていたのでつい、叱責のことかと…。」
B課長「ああ、あの時は月末だったんで〆の意味で使っていたんですよ。」
Aさん「あ、そうだったんですか!」
B課長「もしかしてパワハラ上司にでも見えてました?笑」
Aさん「え、いや、もちろん、そんなこと、ないです、は、ははは。」
さて、以上が具体例です。いかがでしたでしょうか?少しAさんの状態をまとめると
① Aさんは、B課長の電話から、シメる=部下を厳しく叱責することだと認識した。
② ①から、どんな言葉も厳しく叱責しているように聞こえてしまった。
③ B課長を、「パワハラ上司」というレッテルを貼ってしまった。
わずか1%の見える情報で判断してしまった結果、Aさんは勘違いを起こしてしまっていたのです。実際、B課長がパワハラ上司なのかはわかりませんが、Aさんに対しては少なくとも紳士的な人物のように見えます。
このように、辞書のように「単語=イメージ」の内容は人によって違います。それを理解したうえで、相手がその言葉をどのようなイメージで話しているのか理解できれば、相互理解を深められるのです。
改めまして、冒頭に戻ります。
脳は、相手にレッテルを貼るのも得意です。
ちょっとした言葉のやり取りや行動から、いろいろなレッテルを勝手に貼ってしまうことは誰でもあると思います。
出会ったばかりの頃に一度相手にレッテルを貼ってしまうと、相手の本来の姿をそのまま100%で見れなくなります。つまり、相手の表面に現れている1%の部分だけを見てコミュニケーションをしてしまうので、99%の潜在意識を深く理解することから遠ざかってしまうのです。
あなたは、相手の表面1%のみをみてコミュニケーションを行っていきますか?
それとも、相手も自分自身も隠れている99%の潜在意識にアプローチして、深い関係性を築いていけることを選択しますか?